中指を立てた芸術の巨匠

63歳という年齢を迎えたベテラン芸術家、アニッシュ・カプーア氏。英国最高権威の現代美術賞であるターナー賞を受賞した経歴を持つ彼は、2016年、ある挑発的な写真を自身のSNSに投稿しました。

その写真には、ピンク色の顔料を塗りたくった中指が写っていました。一見軽率にも見えるこの投稿は、瞬く間に拡散され、2週間で4000を超える「いいね」を獲得しました。しかし、その「いいね」は決して称賛の意味ではありませんでした。

コメント欄にはカプーア氏を嘲笑するコメントが溢れ、「黒を共有しろ(share the black)」というハッシュタグも多数投稿されました。いったい何が彼をこのような行動に駆り立てたのでしょうか?

アニッシュ・カプーア氏が投稿した写真
アニッシュ・カプーア氏が投稿した写真

全ての始まり「ベンタブラック」

2014年、イギリス企業サリーナノシステムズ社(Surrey NanoSystems)は、世界初の「ベンタブラック」という色彩素材を開発しました。

極限の黒さを持つベンタブラック
 極限の黒さを持つベンタブラック

この物質は「光を吸収する性質」を持ち、驚異的な99.965%という光吸収率を誇ります。当初は人工衛星のステルス塗料として開発されましたが、カメラの感度を向上させるなど、さまざまな用途が見出されました。

特に、この世で最も完璧な黒色として、世界初の作品を生み出したいと願うアーティストたちの期待を集めました。


アニッシュ・カプーア:ベンタブラックを独占した男

インド出身の芸術家兼建築家であるアニッシュ・カプーアは、世界で最も成功したアーティストの一人であり、世界富豪芸術家ランキングトップ10に入る人物です。

アニッシュ・カプーア
アニッシュ・カプーア

カプーアはベンタブラックの情報を得た後、巨額の資金を投じて開発元のサリー・ナノシステムズ社から、軍事・宇宙航空分野を除いた他の分野、つまり芸術分野における独占使用権を購入しました。

カプーアは、この独占権に基づき、自分以外の者によるベンタブラックの使用や所持を禁じました。すでにベンタブラックを購入していた個人や団体に対しては、親しい関係者を除いて強制的に取り上げたり、自分のため以外に使用させないようにしたりしました。

事実上、カプーアはベンタブラック塗料のすべての権利を完全に独占したのです。

当然のことながら、この行為は芸術界や世界中の研究者から大きな反発を受けました。芸術史上、絵具や素材を高く売ったことはありましたが、使用すらさせないという例はなかったからです。


アニッシュ・カプーアが中指を突き立てた理由

イギリスのアーティスト、スチュアート・センプル(Stuart Semple)もカプーアを批判する一人でした。彼は世界で最もピンクなピンク色の顔料を開発し、一般に安価で販売し始めましたが、購入には唯一の条件がありました。

「アニッシュ・カプーア本人と仲間ではないこと、この顔料をアニッシュ・カプーアの代わりに買っていない、またはアニッシュ・カプーアの提携者でないこと、この顔料をアニッシュ・カプーアに渡さないこと」

この文言を見て激怒したアニッシュ・カプーアは、センプルが開発したピンク色をなんとか手に入れ、その顔料を塗りつけた中指写真を自身のインスタグラムに投稿しました。

世界で最も輝くダイヤモンドダスト
世界で最も輝くダイヤモンドダスト

この幼稚な投稿を見たセンプルは、「世界で最も輝くダイヤモンドダスト」というガラス粉末ベースの顔料を作り、「ここにも指を入れてみろ」とカプーアを嘲笑しました。


世界で最も黒い「ベンタブラック」の結末

その後、センプルはベンタブラックには及ばないものの、ブラック2.0に続き、ブラック3.0など99%の光を吸収できる黒色を安価で販売しています。もちろん、カプーアに対する制限は依然として残っています。

さらに、2019年9月には、MITの研究チームがベンタブラックよりもさらに黒い新素材を開発したことで、ベンタブラックはもはや世界で最も黒い物質ではなくなりました。MITはベンタブラックとは対照的に、この新素材を芸術目的で使用することに対する制限を一切設けず、非商用目的であれば自由にアーティストに利用しても良いと提供しています。